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鎌倉幕府の創設者「源頼朝」は日本を古代から中世へと転換させたことでも
有名です。その数百年さき、織田信長は中世から近代国家への転換を図ろうと
したが、夢半ばにして家臣に裏切られることになりました。
最近の研究では、近代国家のビジョンはもっていたが、それを日本全土に実現するには「情報伝達、人の移動に時間がかかりすぎる」ことで恐らく難しかったであろうとの見解もあります。
鎌倉時代を一言であらわすと、「日本のありとあらゆるマグマが所構わず噴出してきた時代」ではないでしょうか。そこに大きなリマンチシズムが感じられます。鎌倉文化の特徴としては、武士や庶民の新しい文化が以前の貴族文化と拮抗し、文化の二元性がでてきたところにあります。
鎌倉時代の初め、まず新風を巻き起こしたのは彫刻の分野です。源平の争乱のよって焼失した諸寺の復興のために奈良仏師の運慶(うんけい)
(運慶人物)・湛慶(たんけい)
(湛慶人物)父子や快慶(かいけい)
(快慶人物)らが多くの優れた仏像や肖像の彫刻を作り出しました。
建築では、平安時代以来の日本的なやわらかな美しさを持つ和様が広く用いられていましたが、鎌倉時代には新たに大陸から大仏様と禅宗様が伝えられました。また、大陸から伝えられた新様式の構築法の一部を取り入れた折衷様もさかんになりました。
絵画では、平安時代後期にはじまった絵巻物(えまきもの)が、全盛期を迎えました。絵巻物は物語の挿絵から発達し、寺社の縁起、高僧の伝記などの形で、民衆を前にした説教にも利用されるようになりました。また個人の肖像を描く写実的な似絵には、鎌倉時代の初めに藤原隆信・信実父子の名手が出ました。
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